商品詳細
SIZE:A4判 / 297mm×210mm
PAGE:300ページ フルカラー
2013から2025年の約12年間のDEEP OKINAWAが写し出されています。
彼独自の視点による描写は失った沖縄の歴史や文化、今も続いている沖縄のDEEPな一面をご堪能できます。フルカラー300ページの内容は一見の価値ありです。
写真集の説明
成人式 嘉数(かかず)
宜野湾市嘉数はヤンキーの名産地で、嘉数中学校は県内トップクラスのヤンキー中学校である。昔から嘉数出身者はカカジャーと呼ばれヤンチャな人が多い。中学校の近くに真栄原社交街がある。ちなみに不登校系ユーチューバーのゆたぼんの母校でもある。
むぎストアー
沖縄市中央にある伝説の刺繍屋。刺繍職人のむぎさんは1957年から沖縄市で刺繍屋をしている。元々、米兵向けのジャンパーやボウリングシャツの刺繍をしていたが時代の流れとともに特攻服や学ランの刺繍をする仕事が多くなる。その刺繍の美しさからヤンキーの間で情報が受け継がれていき、現在でも県内各地のヤンキーが刺繍を依頼しに来る。むぎさんオリジナルの様々な刺繍テクニックがある。
小麦粉投げ
40年ぐらい前までは学校の卒業式で小麦粉を投げる風習があったが、時代の流れとともに禁止に。そしてヤンキーだけが行うものになり、現在まで続いているという不思議な風習。その風習が残っている地域では卒業式のシーズンになるとスーパーでは中高生に小麦粉を売らなくなる。卒業生が後輩たちに強制的に小麦粉を集めさす事がある。後輩たちは小麦粉代を稼ぐため、金銭せびりをすることとなるため問題になる。
改チャリ
中学生や小学生のヤンキーは卒業式の日に自作の改チャリで暴走、通称チャリ暴を行う。紅白の子は、この年のチャリ暴でかなり目立ってた。先輩から後輩、父から子へパーツが受け継がれたりする。紅白の子のチャリのハンドルとラッパはお父さんから受け継がれたもの。
時代によって改造のスタイルが変化している。
みなみちゃん 単車
みなみちゃんは19歳の頃から写真に写っているgsに乗っている女性。学生時代、レディースの先輩達に憧れてバイクに乗り始める。その頃一緒に走っていたは仲間は色々な事情でバイクを手放したが、みなみちゃんだけは、なんだかんだずっと乗り続けている。
中城村の暴走族、響音の特攻服
本物の特攻服を黒人女性に着せてみたもの。
撮影地も中城村
首里劇場
かつて存在した沖縄最古の映画館。沖縄戦後、最初は焼け野原だった場所に米軍基地から集めた資材で作られた。かつては琉舞(沖縄の伝統的な踊り)や演劇を行なっていたが、時代の流れとともに映画館→エロ映画館となった。写真集に写っている深緑色の笹の絵がかかれている幕は米軍のテントを再利用したもの。
廃ヘリコプターみたいなもの
米兵の方に聞いたらヘリキャリアという乗り物とのこと。米軍基地の中にある。
北中城高校
沖縄県中部で1番制服の人気があり、チャラい高校。りゅうちぇるの出身高校。私の母校。
ガングロギャルのフィちゃん
那覇市出身。沖縄で現在唯一のガングロギャル。昔、沖縄にはギャルサーが何個かあり、パラパラを踊ったりイベントをしたり、上下関係等もあり、たくさんのギャル達が居た。ガングロのスタイルの人も居たが、現在でも続けているのはフィさんのみ。沖縄のギャルはヤンキーと混ざったスタイルが特徴とのこと。
コーリーちゃん
コスプレ好きなアメリカ兵。
ブナガヤ キジムナーとほぼ同一妖怪
大宜見村に伝わる妖怪。大正時代ぐらいに目撃例あり。緑色の火を放つ事がある。それを見るために設置したヤグラで、一晩中、森を観察するという肝試し的な風習があった。昔存在したとされる小人の人類ではないか説がある。
チャイナタウン。中城高原ホテル
沖縄の有名な実業家である高良一氏が作ったホテル。沖縄の本土復帰1972年に合わせて開業する予定だった。ホテルは中城城跡内の道を通って入る作りになっていた。本土復帰すると中城城跡が国指定の文化遺産となり、その内部にある道をホテルに行くための道として使用する事が法律上できないと日本政府から伝えられる。そのため入り口が塞がれてしまう形となり、オープンが出来ぬまま、廃墟として残ってしまった。日本政府が沖縄の有力者である高良一の力を削ぐために、嫌がらせでやったんじゃないかという説がある。
バビロンビル 沖縄市中の町
飲み屋街の中の町で1番有名なキャバクラビルがバビロンビル。そこのキャバクラのキャバ嬢の写真。ラッパーのリッキーがボコボコにされてる動画の場所のすぐ近く。
写真に写っているイタズラ彫りは中学生の時に自分で入れたもの。彼女は若夏学園という家でも学校でも手に負えない問題児が入れられる全寮制の中学校出身。そこを脱走してバイクを盗んで地元の沖縄市に帰ったというスーパーヤンキーだが、シングルマザーとして2人の娘をしっかりと愛を持って育てている。また沖縄の文化を大切にしていて、定期的に彼女のルーツの平安座島の御嶽(聖なるスポット)にしっかりとした作法でお祈りを捧げている。
アメ女 アメジョ
アメリカ人男性が好きな沖縄人女性。独特の雰囲気がある。
真栄原社交街
かつて存在した大売春地帯。2011年頃から浄化作戦により壊滅した。15分5千円本番あり。
ベトナム通り
ヌスルー市
山
沖縄市知花付近の道で、毎週土日の午前中に突如として現れるフリーマーケット。不思議な人々が沢山いる。起源は諸説あり。戦後の闇市の名残説や20年前ぐらいに始まった説等。昔からやってる人は「山」と呼ぶ。昔は木が生い茂っており本当に山だった。泥棒が盗品を売ってる事もあるので、ヌスルー(泥棒)市とも呼ばれる。昔は不発弾を3000円ぐらいで売ったりもしてたが、それがバレて、フリマをさせないようにフェンスが作られた。
ベトナム通りの山羊雑炊。鍋にハエがたくさんとまっていた。みんな美味しそうに食べていた。
那覇市 辻 ジュリ馬
1672年に琉球政府により遊郭が作られる。彼女たちはジュリと呼ばれ、独自の文化を育んだ。そのジュリの普段の着物や髪型を再現して撮った写真。彼女たちは普段はカスリ(黒色の着物)を着ていた。紅型などの派手な着物は首里等に住んでいる位の高い女性たちが着る着物。場所は辻にある創業65年の老舗、料亭那覇。料亭那覇はジュリのお祭りであるジュリ馬を復活させた伝説の料亭。[ジュリ馬は1980年代ぐらいに女性団体の抗議活動によりやらなくなってしまっていた]
旧暦1月20日がお祈りの祭の日。ソープ街の中にあるパワースポットにお祈りに行く。
風俗店の中の写真が撮れたお店は、ラブホテルをリフォームして作った店舗型。学校がテーマ。写っている女性は辻で働く風俗嬢。
古の遊女、ジュリを再現→現在も受け継がれている祭事、ジュリ馬の記録→現在の辻の街で働く風俗嬢という流れで辻の街を表現する試み。
龕ごう祭り 豊見城村
龕(ガン)とは昔の霊柩車。中に遺体を入れて、お墓まで運ぶもの。昔は各集落にあったが、残っているのはわずか。写真に写っているのは豊見城村の龕。ここは9年に1回龕を出して祀るお祭りがある。写真に写っている鶏は生きているように見せるために立たせてお供えしている。それは昔、生きた鶏をお供えしていた名残。また豚の顔と心臓もお供えしているが、これは昔は豚一頭をお供えしていた名残。
ドウドイ 名護市
子宝祈願のお祭り。股間を痛めつける神輿のようなものに乗って集落をねり歩く。途中で降りてはいけない。股間に当たる木はアダンの木といってトゲトゲで、痛みを増幅させる目的がある。この祭りに参加して子宝を授かった人、多数。
サングワァチャー 平安座島
平安座島に伝わるお祭り。旧暦3月3日に島の繁栄と豊漁を祈願する伝統的な年中行事。女性が浜辺で身を清める「浜下り」と関連し、大きな魚の神輿を担いで海を渡り、神聖な岩場で祈りを捧げる儀式。地域に根付いた大切な祭りとして100年以上受け継がれている。
糸満ハーレー
糸満市に古くから伝わる船レース。旧暦5月4日
に行われ、その日が平日でも学校が休みになり、大人は仕事を休む。糸満市は漁師町で旧暦行事をかなり大事にしている地域。五穀豊穣や大漁を祈願して行われる。その中で漁港内で泳いでアヒルを捕まえる行事が行われる。動物愛護団体から抗議を受けて問題になっている。
旗頭(ハタガシラ)
那覇のお祭り。沖縄市はエイサー、那覇市は旗頭という感じ。元々は琉球王国の士族のお祭り。五穀豊穣と集落の安全を祈願するもの。古の持つ人はめちゃくちゃモテモテだったというが、もし旗頭を落としてしまったら集落の恥として、誹謗中傷をあびた。持ち方に美しさがあり、また他の集落とどれだけ綺麗に持つかバトルが開催される。
アムジガマ
マイナーなスーパーパワースポット。宇宙との出入り口があるとされる。圧倒的パワースポット。
エイサー
エイサーとは幽霊を成仏させる踊り。
現在、エイサー音がうるさいと、苦情が多くなり、警察が出動し、問題になっている。
屋慶名エイサー
1890年から始まったとされる、太古のエイサー。場所は地域の神様を代々祀ってる家。神様が居る場所から撮らせてもらえたので、神様が見るエイサーの景色。ここがずっと屋慶名エイサーが踊り続けている場所の一つ。
平敷屋エイサー
200年以上の歴史を持つスーパー太古のエイサー。エイサーの原型と言われている。場所は平敷屋集落で1番のパワースポット。このエイサーのメインイベント会場。
ウークイ
お盆最終日のウークイは沖縄で最も重要な日の一つ。 ご先祖様の霊をあの世へお見送りする日。家族や親戚とご馳走を食べ、夜遅くにご先祖様の霊を見送る。
仏壇での拝みが済んだら、門前でのお見送り(ウークイ)をする。ホーリーパワーで守られている家の中と違い、門から外はチガリムン(魑魅魍魎)がいると言われている。
そのため門前のお見送りの最初は、「ミンヌク」を撒くのが風習としてある。
ミンヌクとは無縁仏や餓鬼、魑魅魍魎などが持ち帰るための供物であり、野菜や果物、サトウキビの切れっぱし等を供える。
さとうきびの長いものは「グーサンウージ」「グーサン」と言い、ご先祖さまがあの世に帰るときに杖にしたり、荷物を肩にかけやすくして持ちやすいようにするためのもの。
自分はよく、幽霊がたくさん着いてると人に言われる。そのため写真集の最後に幽霊を供養するための踊りであるエイサーを配置することにより、自分の除霊を試みている。最後のエイサーは自分のルーツの地域のエイサーで自分の血縁親族が沢山写っている。自分のルーツの家は集落の中でパワースポットとされている。その血を受け継ぐ親戚の写真を配置することで、除霊効果が高くなると考えている。またお盆の最後に幽霊を、あの世に見送る儀式の写真を1番最後に配置している。
この写真集は自分のオリジナルの除霊方法の側面をもっているが、買ってくれた人に幸せが訪れるようお祈りを込めているので、開運グッズでもある。